【インタビュー】企業探訪 第1回 国内で唯一CRT製造の専用工場をもつオシロスコープの老舗企業
岩通計測株式会社
岩崎通信機(以下、岩通)は情報通信、電子製版、電子計測の3事業部門で構成される電子機器メーカー。計測機器のパイオニアとしても知られ、1954年に国産初のオシロスコープを発売して以来の輝かしい歴史をもつ。岩通計測は電子計測事業部門が2002年10月に分社化されて誕生した企業だ。本社工場には国内で唯一のCRT生産工場があり、同業他社との品質面での差異化を図っている。伝統のアナログオシロスコープのほか、売れ筋製品や有望製品が目白押しの本社工場を探訪した。
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岩通計測株式会社本社工場
所在地: 東京都杉並区久我山
■金看板のオシロスコープ
京王井の頭線久我山駅から徒歩7分。商店の並ぶ“岩通通り”を抜けると、目の前に伝統と風格が漂う岩通の本社工場が現れる。正門の手前を流れる小川は玉川上水、周辺は住宅地という静かな環境だ。2002年に分社化され、岩通計測として新たにスタートした電子計測機器部門の本社工場もこの中の一角にある。
同社の営業品目は、オシロスコープ、デジタルマルチメータ、ユニバーサルカウンタ、通信用測定器、USBバスアナライザ、B-Hアナライザ、信号発生器、教育用実習機器、航空宇宙機器システム、変位計、厚さ計、自動計測システム、Mathcad(技術計算ソフトウエア)と、きわめて多岐に及ぶ。だが、岩通計測といえば、何と言ってもオシロスコープの老舗メーカーというのが金看板だ。
オシロスコープは、時間の経過とともに電気信号(電圧)が変化していく様子をリアルタイムでディスプレイに描き、目では見ることができない電気信号の変化を観測できるようにした装置。ブラウン(Karl.F.Braun)が考案した陽極線管(ブラウン管=CRT)を利用したことから、初期の製品はブラウン管オシロスコープと呼ばれた。現在のような形のオシロスコープを工業的に完成させたのは1932年のスイスのデュモント(Dumont)社が最初とされる。その後、各国の計測器メーカーにより多くの機種が開発され、オシロスコープは今では最もポピュラーな電子計測器となった。
そのオシロスコープを日本で最初に製造販売したのが岩通(現・岩通計測)である。1951年、東京・立川の米国極東空軍でレーダの修理に使用されていたオシロスコープの資料をもとに試作を開始。翌52年には衝撃波観測装置という名称で通商産業省(現・経済産業省)からの研究補助金認可を受けた。そして1954年、国産初のトリガ式アナログオシロスコープ『SS-751(DC~5MHz)』を完成。「シンクロスコープ」と命名し、保安庁(現・防衛省)技術研究所に1号機を納入した。以来54年間、同社はオシロスコープのリーディングカンパニーとして工業の発展に大きく貢献してきたのである。
■展示室にある古い機種のほとんどが正常に動く
工場内を案内してくれたのは品質保証部長の酒田繁氏。1969年の入社以来、計測部門一筋に歩んできたベテラン社員だ。真っ先に案内されたのが工場3階にある展示室。そこには過去から現在に至るまで、同社のオシロスコープの主要機種が発売順にずらりと並び、その上には戦後日本の年表が張ってある。
これらを照合すると、オシロスコープの歴史と日本の現代史の接点がひと目で分かる。たとえば、最初の製品を発売した前年の1953年にテレビ放送が開始されたこと。現在の天皇陛下がご成婚された1959年頃には、庶民にとって高根の花だったテレビ受像機の10倍もの価格のオシロスコープが飛ぶように売れていたこと、などだ。
展示室内の機種はオシロスコープの発売から50周年を迎えた2004年に、大学や企業の研究機関に依頼して譲り受けたものだという。残念なことに1号機は見つからなかったそうだが、最も古いものでは1957製の機種などが展示してある。
最古の機種の近くで存在感を際立たせているのが、1960年代初頭に発売したアナログオシロスコープ『SS-5300シリーズ』だ。価格は55万8000円で、現在の貨幣価値に換算すると300万円近くにも相当する高額機種だが、当時の先端技術である残光(光が残る)型CRTを搭載するなど、見やすさを追求したことが受けて、短期間に約5000台を販売したという。
この機種には逸話がある。当時は社有車の保有台数が少なく、販売などに出掛ける際の交通手段は電車に頼らざるを得なかった。ところが、製品重量が40kg以上もあったため、電車内に持ち込もうとすると、駅員にとがめられることがあった。そのため、ひと度社外に出たら「肩を落とさず、あたかも軽い荷物を携帯しているかのように振舞うことが営業マンの基本とされた」(酒田氏)。
ベストセラー機がSS-5300シリーズなら、ロングセラー機は1981年に発売した『SS-5702』という20MHz機だ。オシロスコープは1機種で1万台売れただけでも驚異的といわれるが、同機はそれをはるかにしのぎ、累計販売台数は5万台を突破した。展示機種の中には酒田氏が開発した機種もある。1973年に発売した『SS-6050』という50MHz機で、3000点以上もの部品で構成されている。「裏側のボードが簡単に着脱できる機構を設けたり、カーソルキーを付けたり、今から思えば贅沢きわまりないつくりだが、何しろ当時は作れば売れる時代であった」(酒田氏)。
1970年には国産初のIC搭載オシロスコープも発売した。「日本のメーカーにICなんてできるはずがない、と高をくくっていた米国メーカーの技術者も、中を開けた瞬間から驚きを隠せなかった」という伝説の機種だ。驚くことに、これらの古い機種のほとんどが、今でも正常に作動することだ。4年前に回収した時には動かなかった機種でも、コンデンサを交換したら、大半は作動したという。これだけを見ても、同社製品の品質の高さがうかがえる。
1960年代初頭に発売した
アナログオシロスコープベストセラー機
『SS-5300シリーズ』
自身が開発した機種を懐かしそうに見る品質保証部長の酒田繁氏
■国内唯一のオシロスコープ専用CRT生産工場
高い品質を提供できる秘密の一つが社内にオシロスコープ専用のCRT生産工場をもつことだ。CRTはアナログオシロスコープでは最も重要なキーパーツといわれ、その製造を自前で行っている。工場内は一般室とクリンルームに分かれている。一般室では金属部品の酸化物を除去するための化学研磨や高温炉による表面処理、真空処理などを行う。一方のクリンルームでは、CRTの中間部分のガラスを溶解接合するバルブ封止やCRT端子部分のガラスを溶解接合するステム封止などの作業を行う。出来上がったCRTは一般室にある検査室に持ち込まれ、ここで入念な全数検査が行われる。検査室では品質検査のほか、スポット系やひずみなどの調整作業も行う。
オシロスコープのCRTは、テレビ受像機と同様に、真空のガラス容器に収まり、平らな面には蛍光物質が塗ってある。至近距離から見る測定器なので、スクリーンは大きな物でも6インチ程度と、テレビ受像機よりはかなり小さい。電子ビームを蛍光体に当て発光させ、スクリーンに光点を生成するのもテレビ受像機と同じだが、スクリーン上で光を動かす方式にテレビ受像機では電磁偏向を使用しているのに対し、オシロスコープでは小さなスクリーンに画像を鮮明に映し出せる静電偏向を使用しているのが特徴だ。電子銃と蛍光体との距離や加工方法をはじめ、まさしくノウハウの塊だ。
広帯域CRT
■アナログにしか見えない世界がある
同社は長年にわたり、アナログオシロスコープのトップメーカーとして君臨してきた。さすがに現在では売上高に占めるアナログのウエイトは減ったが、「オシロスコープの基本がアナログ技術にあることは変わらない」(酒田氏)という。今日、電子産業では電子材料などの物性解析や電子回路の障害解析など、先端の電子応用製品の研究開発が著しい進歩を遂げている。これらの先端分野での研究・開発では「ありのままの観測」が必要不可欠となる。アナログオシロスコープの最大の特徴は、毎秒100万回という波形の更新スピードで不規則なノイズ信号も確実にありのままに観測できることだ。さらに、輝度の濃淡により信号のひん度が一目で分かる。
同社のアナログオシロスコープには、自社開発の6インチ内面目盛付きメッシュレスCRTを搭載し、ハレーションのない明るくシャープなトレースで波形確認ができる『SS7800シリーズ』や、世界最高の1GHz・4チャネルの超高輝度ストレージタイプの広帯域機『TS-81000/80600』など、さまざまなバリエーションがある。
数年前にはマルチウインドウ波形モニタ『SV-1014シリーズ』というアナログオシロライクの階調表示ができるオシロスコープを開発した。たとえば、4台のオシロスコープの画面を見ながら装置の調整をするのは大変だ。これに対して、同装置を使えば一つの画面に4台のオシロスコープの波形を同時に表示できる。映し出される波形はまさしくアナログオシロスコープと同等のものだ。生産ラインをもつユーザーからは「視点を集めることができ、作業効率が上がる省エネ、省スペースがよい」と好評を博しているという。
■有望製品が目白押し
以上、アナログオシロスコープを中心に見てきたが、もちろんデジタルオシロスコープの事業も堅調だ。また、半導体ウエハの厚みや金属の微妙な変位が測れる変位計や、昨今の省エネの流れに貢献すべく、パワーエレクトロニクス分野に注力している。磁気材料の物性特性が測れるB-Hアナライザなどでも売り上げを伸ばしている。さらに、インバータの上下アーム信号を同時に測定し電力損失解析が容易に行えるアイソレーション・システム『DM-8000』や、パワーデバイスのダブルパス試験などに使用されるディレイパターン・ジェネレータ『DG-8000』など有望な製品が目白押しだ
しかし、同社がシーズ先行型のメーカーであるかというと、そうではない。酒田氏が同社の強みとして真っ先に挙げるのが、「社内に販売店を大切にする風土があること」だ。営業マンや技術者が販売店を頻繁に回り、ニーズを汲み取ることが同社の伝統でもある。「販売店の方に『お陰様で儲けさせてもらった』といわれることが何よりも嬉しい」と酒田氏は話す。
了
エレクトロニクス電子計測技術2008年11月号掲載




