アリの巣状に分岐した液晶構造を発見
独立行政法人 理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
独立行政法人理化学研究所と財団法人高輝度光科学研究センターは、室温で三次元的な電荷輸送経路を持つ液晶(※1)性有機半導体の開発に成功した。
ディスク状の芳香族分子(ディスク状分子(※2))からなる液晶性有機半導体は、有機エレクトロニクス(※3)の構成要素として注目されている。通常ディスク状分子は、積層して一次元カラムを形成するため、カラムに沿った方向に大きな電導性を示す。これに対して、もし、このディスク状分子が形成するカラムを三次元的なネットワークとして集積化することができると、あらゆる方向に高い電荷輸送特性を持つ液晶性有機半導体を実現できる可能性がある。
今回、独立行政法人科学技術振興機構ERATO-SORST『分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用』の研究グループは、理研の高田昌樹主任研究員を中心とする研究チームと共同で、大型放射光施設SPring-8(※4)の放射光X線(※4)を用い、イオン部位を有するトリフェニレン(※5)誘導体の液晶状態における集積構造を詳細に分析。その結果、この分子が広い温度範囲で双連続キュービック相(※6)を形成していることを明らかにした。この液晶は、三次元的なアリの巣状に発達したトリフェニレンのカラムからできており、類似の分子からなる一次元カラムナー相(※7)に匹敵する大きな電導性を示すことを見いだした。これらの成果は、三次元に発達した電荷輸送経路を有する双連続キュービック相の液晶の存在を初めて明らかにしたものであり、液晶性有機半導体の新しいモチーフを提供するものと考えられる。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』(12月16日号)に表紙絵とともに掲載されるに先立ち、オンライン版(8月10日付け:日本時間8月10日)に掲載された。
■背景
ディスク状の芳香族分子からなる液晶性有機半導体は、有機エレクトロニクスの構成要素として注目されている。一般にディスク状分子は、積層して一次元カラムを形成(カラムナー相)し、これがさらに二次元的に集積して液晶相を発現する。電気は一次元カラムを通じて流れるため、カラムナー相の液晶(Colh:図1左)は一次元カラムに沿った方向だけに大きな電導性を示す。このような、ディスク状の分子が同じ方向に積み重なり、全体として柱状構造を持つ液晶をディスコティック液晶という。これまで「電荷輸送経路を持つディスコティック液晶といえばカラムナー相」というのが常識であった。しかし、ディスク状分子が形成するカラムを三次元的に集積化できれば、あらゆる方向に高い電荷輸送経路をもつ液晶性有機半導体を実現できる可能性がある。
■研究成果
今回、JSTの研究グループは、理研の高田構造科学研究室らのチームと協力し、大型放射光施設SPring-8の放射光X線(粉末回折ビームラインBL02B2、理研物質科学ビームラインBL44B2)を用い、イミダゾリウムイオン(※8)を側鎖末端に有するトリフェニレン誘導体(110、図2)の液晶状態の挙動を詳細に検討した。その結果、トリフェニレン誘導体110は、室温にて、14本のピークを含む明確な回折パターンを示した(図3)。この回折ピークを詳細に解析した結果、この液晶相はIa 3d型の双連続キュービック相(Cubbi相、図1右)に帰属することが明らかになった。
さらに、トリフェニレン誘導体1n~3n(図2)の液晶の挙動についても放射光X線回折法を用いて検討、その結果、トリフェニレン誘導体分子のアルキル側鎖が長くなるほど(n =10→12→14)、Cubbi相を発現する温度範囲が拡大していることが分かりました。その中でも114は、カラムナー相(Colh相)をまったく発現せず、室温以下から200°C以上の高温までCubbi相を安定にとるという特筆すべき結果を示した(図4)。このように広い温度範囲でCubbi相を発現する例は、ディスコティック液晶ではもちろん、棒状液晶においても報告されていない。一方、トリフェニレン誘導体の構成要素の1つである対イオンに着目すると、小さい陰イオンを用いたときほどCubbi相の形成が有利になっている。以上の観測結果から、対イオンのサイズとアルキル側鎖長とのバランスがCubbi相の発現に重要な因子であると結論づけられる。
これまで、ディスク状分子からなるCubbi相はほとんど例が無く、その電気的特性は未知である。今回、室温でCubbi相を形成するトリフェニレン誘導体110の電気伝導度を測定したところ、Colh相を形成する類似物質に勝るとも劣らない値であることを見いだした。しかも、イミダゾリウム塩を有する誘導体の光キャリア寿命(※9)(0.64ミリ秒)は、単純なアルキル基を側鎖とするトリフェニレン(0.004ミリ秒)に比べて2桁以上も長いことが明らかになった。
■今後の期待
今回の観察結果から、三次元の電荷輸送経路を持つCubbi相が、新しい液晶性有機半導体のモチーフになることが実証できた。また、物質科学の観点からも、「なぜこのような構造の分子がCubbi相を形成するのか?」という興味深い問題を提起しており、今後の研究の発展が必要となる。
< 補足説明 >
| ※1 | 液晶 |
| 流動性はあるが、分子の配向がそろった相。結晶と液体の両方の性質を示す中間相。 | |
| ※2 | ディスク状分子 |
| 円盤状の構造をした分子。 | |
| ※3 | 有機エレクトロニクス |
| 有機、高分子系材料を用い、軽量かつ柔軟な電子部品の開発を目指したエレクトロニクスの研究分野。有機電界発光素子、有機太陽電池、有機トランジスタなどが代表的。 | |
| ※4 | 大型放射光施設SPring-8、放射光X線 |
| SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光X線とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。 | |
| ※5 | トリフェニレン |
| ベンゼン環4つが三角状に縮環してできた円盤状多環芳香族炭化水素の1種(図2参照)。 | |
| ※6 | 双連続キュービック相 |
| 連続した2つの層が三次元的に絡み合い形成する立方相。通常の液晶とは違い、光学的に等方的であり複屈折を示さない。 | |
| ※7 | カラムナー相 |
| 柱状相。分子が一次元的に配列して柱を形成し、これが二次元的に配列して形成する相。六方、矩形、正方、斜方などがある。 | |
| ※8 | イミダゾリウムイオン |
| 含窒素複素芳香環の1種であるイミダゾール環からなる陽イオン。この陽イオンと対になる陰イオンを適切に選択することで、イオン液体として知られる室温溶融塩が得られる。 | |
| ※9 | 光キャリア寿命 |
| 光が半導体に照射されると、その光のエネルギーによって、物質内に電荷輸送の担い手となる電子や正孔(キャリア)が生成する。このキャリアの持続時間を光キャリア寿命という。 |
http://www.riken.go.jp/r-world/research/results/2009/091201/index.html